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きてらの里で味わう

『きてら』から車で5分の距離にあります、秋津野ガルテン内に農家レストラン『みかん畑』があります。地元のお母さんたちが、地元で採れる新鮮な野菜をふんだんに使ったスローフードランチバイキングはとても人気です。
大人950円とリーズナブルなお値段です。
平日は 11:30〜14:00
土祝祭日は11:00〜14:00
ご予約はいりません。
電話 0739-35-1199


きてらの里に泊まろう

秋津野ガルテン内には宿泊施設も完備されています。
グリーンツーリズムに熊野古道の入り口の宿、南紀白浜温泉の宿にもご利用いただけます。
ご予約は 秋津野ガルテンに
電話 0739-35-1199




地域農業を守ることが地域の持続発展につながる

ふるくから柑橘栽培が盛ん

 上秋津地区は、三方を山に囲まれていたため、水田につかえる面積が少なかったため昔は貧しい地域であった。 急傾斜の山畑を開墾し、キンカン栽培が始まったのは、江戸時代の終わり、文久年間に、地元の高木伴七が試植に成功し、1877年(明治10年)、杉の原の山林を開拓して数百本の苗木を植え、村内に広がりました。 キンカンは、現代も上秋津の特産品のひとつで、12月〜2月に出荷されています。 ミカンの栽培は、明治時代中頃からで、初めの頃は小ミカン、八代などが盛んに植えられましたが、太平洋戦争後はおもに山の斜面を利用した温州ミカンの栽培が、ミカンづくりの主流になっていきました。

みかんづくりは苦労の連続

 温州みかん度重なるみかん価格の大暴落と自由化の洗礼で 昭和30年代、上秋津でもみかんの増産をはかり、果樹経営が発展していきました。また、八朔やポンカンなどの晩柑類も多くつくられるようになり、多種多様な柑橘の里上秋津は、こうして実現しました。しかし、昭和40年代になると、産地間の競争が激しさを増し、ミカン価格は暴落し、生産調整がおこなわれた。「豊作貧乏」の言葉が登場し、果実を間引く「摘果運動」が叫ばれ強力に推進されるようになるのは、昭和40年代後半からであります。牛肉・オレンジ・オレンジ果汁の輸入の自由化で果樹経営は危機にさらされ、地域農業が存亡の岐路に立たされました。そうしたなかで、青年農業者たちは、柑橘の優良品種の導入などの努力によって活路を切り開いてきました。
 本格的な柑橘栽培が始まり約1世紀あまり、上秋津は、現在、和歌山県を代表する柑橘の里に数えられています。


リスク分散型の周年収穫体制へと

 ポンカン栽培する品種は80種類以上が宝に ミカンの旬の季節といえば、一般的には秋〜初冬となりますが、上秋津は冬から春、さらに初夏にかけて柑橘の生産・出荷が途切れることなく続く。ここは、一年を通してほぼミカンが収穫できる果物の里である。柑橘づくりは、9月下旬から10初めに極早生温州ミカンが収穫され、11月ころまで出荷が続く。
 12月は温州ミカンの取り入れ、出荷の季節である。上秋津の温州ミカンは、木に成ったままで熟成させる完熟ミカンである。 12月から2月は伊予柑やポンカン、春に向かってネーブル、デコポン、清見オレンジ、八朔などが旬を迎える。夏にはバレンシアオレンジがある、柑橘の生産で一年がめぐります。平成11年に誕生した直売所『きてら』は年中みかんが並ぶ直売所として全国に知られています。
 三宝柑や仏手柑のような紀州ならではの柑橘から、柑子ミカンや九年母など古い時代のものまで、上秋津でつくられている柑橘は、約60種類にのぼる。 田辺市周辺は、日本で一番日照時間が長い地域である。 年間の平均気温は16.5度前後、降水量は1650ミリ。柑橘栽培に適した温暖な気候、日照時間と日当たりの良い地形など、天然の好条件が重なって、品質がよいミカンを生んでいます。


一品目で30年栄えた産地は無い!

 柑橘と梅の複合経営を柱に、次の展開へ ミカンと並び、上秋津を代表する特産品は、ウメであり、その最大の産地は田辺市と、隣のみなべ町、この2つの市町村で全国のウメの約50%が生産されており上秋津地区もその一角を担っています。梅干しなどのウメ加工製品は、地場産業がほとんどない田辺・みなべ地方の経済を支える基幹産業になっています。ウメ産地の名をほしいままにしている最大の理由は、その品種、南高梅であります。大粒で肉厚、皮が薄い南高梅は、ウメの「最高級品」として、消費者の高い支持を得ている。
 南高梅は戦後、昭和20年代に品種改良を重ねるなかで南部川村で生まれた。そして、たちまちとなりの南部町、田辺市にと広がっていったのである。上秋津でのウメの栽培の歴史は、比較的新しく、1960年(昭和35年)の栽培面積は、37ヘクタールにとどまっていました。それが活発化していくのは、1975年(昭和50年)ころからでした。 コメ、さらにミカンの生産調整の時代で、農家は水田の転作地、ミカン栽培には適さない水田に、ウメの木を植えていきました。
 今日では地区内の約300戸あまり(兼業農家も含む)の農家のほとんどがウメを栽培しており、「ミカン、晩柑・オレンジとの複合経営」をしています。 この地域で栽培されている品種は主に南高梅で、梅の実は5月後半から6月後半にかけて収穫され、青ウメとして、また一次加工の白干しウメで出荷されています。
 今日、農家は栽培品目によるリスク分散を考え、ミカン3割、晩柑・オレンジ4割、ウメ3割というふうに分散し複合的な栽培を行って、経営の安定化を図っています。ミカン・柑橘類を柱にウメも栽培していきたいという農家が多い。
 このように多くの農家は、多種の柑橘類を導入・栽培し、周年出荷が特徴の上秋津の柑橘類づくりの特徴。これからもミカン・柑橘とウメの里として生きる、という農家の考えは変わりません。こういった複合的な栽培を行うことで、直売所では品揃えの面でも良い影響が出、集客力も高まり、売上げに貢献しています。


都市と農村の交流型農業への挑戦

 地元住民がの上秋津小学校跡地を整備した都市と農村の交流施設『秋津野ガルテン』が平成20年にオープン。以来、グリーンツーリズムでも一年中、農と触れあいができるということで全国から多くの方が訪れるようになり、地域は活性化しています。また、TVメディアを通じた、ミカンの樹オーナー制度などへは専業農家の30%が取り組みを行っています。
 地域の農業の歴史を後世に残したい、消費所の方やより多くの方に農業理解してもらいたいと、地域の農業者が秋津野ガルテンの教室の一室に、手づくりのみかん資料室『からたち』をオープンさせています。秋津野の里に訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄ていただきたいと思います。